[ Bespoke Hat ] プロムナード|数年越しの想いを形に。特殊技法「割り型」で誂えた理想の帽子
2026年06月03日

お客様と対話を重ねながら二人三脚で世界に一つだけの帽子を制作するフルオーダーメイド、「Bespoke Hat」。
これまで様々なお客様が理想の帽子を追い求めて、WABISABISMのアトリエにお越しくださいました。
今回は、そんなBespoke Hatの中でも少し特別な、“お電話とお手紙のみ”でお客様と対話を重ねて形にした作例をご紹介します。
始まりは一本のお電話から
先日少しだけ出演させていただいた「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」をご覧になったお客様からの、「自分が長年探し求めている帽子を、どうにか形にできないか」というお問合せでした。
お電話をくださったのは山口県にお住まいの80歳のお客様。
「自分のトレードマークといえば、この帽子なんだ」と愛おしそうに語るその帽子は、人生の半分以上を共に歩んできた大切な相棒だといいます。

しかし、そのお気に入りの帽子はすでにどこにも販売されておらず、新調したくても手に入らない状態が数年も続いていました。諦めきれずに様々な帽子会社へ特注の問い合わせを重ねたものの、返ってくるのは「この帽子は木型から作らないといけないから難しい」というお断りの言葉ばかりだったそうです。
そんな時にたまたま目にした番組の中で流れた「帽子の木型」という言葉。
「ここならもしかしたら」と、最後の希望をかけてWABISABISMを見つけ出してくださいました。
通常、遠方のお客様とのBespoke Hatであれば、テレビ通話を何度も重ねてディテールを詰めていきます。しかし、ご高齢のお客様にとって長距離の移動は難しく、画面越しの通話も馴染みがないとのこと。
そこでWABISABISMとしては初めて、対面無しでお電話とお手紙のみで制作に挑むこととなりました。
届いた帽子と、職人としての挑戦

まずは現物を拝見するため、お客様が愛用されている帽子をアトリエに送っていただきました。
箱を開けて現れたのは、ベレー帽とハンチングを足して割ったような独特なフォルムを持つ「プロムナード」という帽子。
今ではその名を知る人も少ない極めて珍しい形状で、市販の既製品で見つからないのも納得がいくお帽子でした。

送っていただいた実際のプロムナード。
お客様が思い描くサイズ感や高さを何度もお電話で細かく伺い、いよいよ木型制作へと入ります。
今回、このプロムナードを仕立てるために必要だったのが、木型の中でも最高峰の技術を要する「割り型(わりがた)」という特殊技法でした。

通常、中折れハットのような帽子は一つの木型に帽体をかぶせて成形します。しかし、ベレー帽や今回のプロムナードのように、「かぶり口」よりも「本体」が膨らんでいるデザインの場合、型入れ後に木型が抜けなくなってしまいます。
そこで、木型そのものをパズルのようにいくつかのパーツに分割して制作する「割り型」が求められます。


これがただ木型を切り分ければ良いのではなく、成形した後に、狭い被り口から一つひとつのパーツを「どの順番で、どの角度で引き抜くか」をあらかじめミリ単位で計算して設計しなければなりません。
まさに帽子の中でパズルを組み立てるような緻密な設計が求められます。

分割可能な木型を一から制作する。
これには通常の帽子制作の数倍の時間がかかります。
「木型から作る帽子のフルオーダー」が日本にほとんど存在しない理由が、ここにあります。
日本国内で木型そのものを自ら作れる職人が片手で数えられるほどしかいないこと。
そして、この膨大な手間と時間を、効率を求めるメーカーや工場ではかけることができないからです。
すべての季節を共にする帽子へ

完成した木型とファーストサンプル。
ここから納得がいくまで調整を重ねていく。
木型が完成した後、型入れと縫製を経てファーストサンプルを仕上げました。
本来であればアトリエにお越しいただき実際に被っていただいた上で、細かな微調整を行う工程です。
今回はご自宅にサンプルを郵送し、着用写真を撮影して印刷後に送っていただき、それを見ながらお電話で修正箇所を決めていきました。

左:今回制作したビスポークハット 右:お送りいただいた私物
その後も納得がいくまでサイズ感や見た目の調整を重ねていき、ついに完成した木型を用いて、まずは冬物素材(フェルト)で二点の完成品をお届けすることができました。
はじめにお送りいただいていた私物と全く同じに仕上げるのではなく、元々の帽子に対してお客様が不満に感じていた浅いかぶり心地や、フィット感も完璧に改善した形に仕上げています。
この冬、毎日のようにかぶってくださったようで、夏物素材(天然草木)でのオーダーもいただきました。現在はアトリエにてその夏物のプロムナードを制作している最中です。

ご用意した夏物素材のサンプル画像。
こちらも対面無しでやり取りを重ね、網代編みの方に決定した。
一度木型を作ってしまえば、フェルトから天然草へ、素材を変えて何度でも同じ理想の帽子を仕立てることができる。
それこそが、ビスポークハットが持つ最大の魅力であり、豊かさです。

お客様のこれからの人生の中で、このプロムナードという相棒が、すべての季節において共に歩んでいってくれることを作り手として非常に嬉しく思います。